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大分地方裁判所 平成9年(ヨ)168号 決定 1999年3月29日

債権者

安東和子

外八名

債権者ら代理人弁護士

德田靖之

清水立茂

債務者

西日本企業株式会社

右代表者代表取締役

猪本恭三

債務者代理人弁護士

麻生昭一

千野博之

主文

本件申立てをいずれも却下する。

申立費用は債権者らの負担とする。

事実及び理由

第一  申請の趣旨

債務者は別紙物件目録記載一ないし一九の各土地に自ら立ち入ったり、その使用人又は第三者を立ち入らせたりして、債権者らの右各土地の使用及び占有を妨害してはならない。

第二  事案の概要

債権者らが所有し又は共有持分権を有する土地の一部を債務者が無断で産業廃棄物の搬入路等として使用していると主張して、債権者らが債務者に対し、右各土地の所有権又は共有持分権に基づく妨害排除又は妨害予防請求権を被保全権利として、債務者の右各土地への立入りによる債権者らの右各土地の占有使用の妨害禁止の仮処分を申し立てた事案である。

一  前提となる事実

1  安東達也は、別紙物件目録一、二記載の各土地(以下、別紙物件目録記載の各土地につき例えば「本件土地一」という。)を所有していたが、平成四年一〇月二六日死亡し、債権者安東和子ら同人の妻子が右各土地を共同相続した(甲一の2、3、二の1、審尋の全趣旨)。

飯田哲雄は、本件土地三を所有していたが、平成九年五月二六日死亡し、債権者飯田エミ子ら同人の妻子が右土地を共同相続した(甲一の5、二の2、審尋の全趣旨)。

江藤勝勝は、本件土地四を所有していたが、昭和四三年七月三日死亡し、江藤剛ら同人の妻子が右土地を共同相続した(甲一の6、二の3)。

債権者北崎トキエは本件土地五ないし一四の共有持分権を、同松本文六は本件土地一九の共有持分権をそれぞれ有し、同長尾健一は本件土地一五を、同長尾冬喜は本件土地一六を、同藤崎光雄は本件土地一七を、同藤野末喜は本件土地一八をそれぞれ所有している(甲一の7ないし21)。

2  債務者は、平成六年一月一七日、有限会社日豊物産(以下「日豊物産」という。)から、同社が昭和六一年六月一〇日、廃棄物の処理及び清掃に関する法律(平成三年法律第九五号による改正前のもの。)一五条一項に基づき、本件土地二〇、二一を設置場所として設置の届出をした同法施行令七条一四号ハ所定の管理型産業廃棄物の最終処分場(以下「本件処分場」という。)を譲り受け、平成九年三月二四日、大分県知事から、本件土地二〇を設置場所とする本件処分場が同法(平成三年法律第九五号による改正後のもの。)一五条二項一号に規定する技術上の基準に適合している旨の認定を受けてこれを使用している者である(甲四、乙二四)。

3  債務者は、平成九年三月二五日、本件土地二〇の所有者である大野英明との間で、右土地を賃料一か月一〇万円、期間平成九年三月二五日から一〇年の約定で賃借する旨の契約を締結し、同年六月一六日、右賃貸借契約についての賃借権設定登記を得た(乙三、四九)。

二  当事者の主張

1  被保全権利について

(債権者らの主張)

(一) 債務者は、本件土地一ないし一九が債権者らの私有地であるにもかかわらず、債権者らの承諾なしに右各土地の一部を含む私有地からなる通路部分(以下「本件通路」という。)を本件処分場への産業廃棄物の搬入路等として頻繁かつ継続的に利用し、トラック等により右各土地に自ら立ち入ったり、その使用人又は第三者をして立ち入らせたりなどして、債権者らによる右各土地の占有使用を妨害している。

よって、債権者らは債務者に対し、本件土地一ないし一九の所有権又は共有持分権に基づく妨害排除又は妨害予防請求権を有している。

(二) 債務者の抗弁に対する認否反論

(1) 後記抗弁(1)の①、②の事実は否認し主張は争う。大分市道三五七号線の規模・現状は軽四輪貨物自動車や普通乗用自動車での通行が可能であり、かつ本件土地二〇の本来の用法や周囲の利用状況に照らすと、右市道が大型ダンプカーの通行が可能な道路である必要はなく、右市道は公路に通じる既存道路として有効であって、本件土地二〇は袋地には該当しない。また本件通路は特定の個人の農園への通路として開設されたものであり、不特定多数の者が利用する通路として機能したことはなく、かつ後記のとおり、債務者の本件通路の利用による債権者らの損害は軽微なものとはいえない。したがって、債務者の本件通路についての囲繞地通行権は認められない。

(2) 後記抗弁(2)の①、②、④ないし⑥の事実は否認し主張は争い、同③の認否は右(1)に同じである。本件通路を通行路としていた農園が廃止された後は、地権者である債権者らにおいて、無許可で通行することを禁止する旨の表示が繰り返しなされており、また債権者らは本件処分場の建設計画の当初からこれに強く反対し、債務者の工事に対しても車両通行禁止の立札を再三設置してきたものであり、債務者はこのような反対運動の経緯や本件通路が私有地であることについて調査を怠っていたものである。また前記のとおり本件土地二〇には十分な幅員を有する市道が通じているし、大型ダンプカーの通行を要する利用は本件土地二〇の本来の用法を超えるものである。したがって、債務者の権利濫用の抗弁も失当である。

(債務者の主張)

(一) 債権者らの主張(一)のうち、本件土地一ないし一九が私有地であること、債務者が本件通路を本件処分場への産業廃棄物の搬入路等として今後利用することは認め、その余の事実は知らず主張は争う。

(二) 抗弁

(1) 囲繞地通行権

① 本件土地二〇の北側に接する大分市道三五七号線は、右土地の東方向では途中で道路が遮断されて他の公道に通行することができないし、右土地の西方向でも市道が途中で終了し、それ以西の私道についても道路が狭隘で自動車は通行することができない状態であるところ、本件土地二〇の位置関係からして自動車の通行なくしては右土地の利用はほとんど不可能であり、右各市道等では本件土地二〇の用法にとって極めて不十分である。

したがって、本件土地二〇は袋地である。

② そして、本件通路は、従前から債務者のみならず周辺の土地を利用する不特定多数の第三者によっても通路として使用され、しかも自動車の通行も認められていたものであり、また本件通路が各債権者の土地の端の部分に位置しており、本件通路以外の範囲の土地の有効利用にほとんど支障がないことからすると、本件土地二〇から公道まで本件通路の自動車による通行を認めても、本件土地一ないし一九にとって最も損害が少ないというべきである。

(2) 権利濫用

① 本件処分場については、平成八年八月末ころから平成九年三月二四日にかけて、水処理施設や浸出液処理設備の設置工事等が行われたが、右工事期間中、債務者、本件処分場設備の所有者である株式会社大野商事(以下「大野商事」という。)及び工事業者のいずれも、自動車による本件通路の通行を自由に行っており、これについて債権者らから何ら異議を述べられたことはなかったため、債務者は本件通路を公道と誤信していたものである。

② また、本件通路は多数の私有地にまたがるものであるが、債務者の通行を承諾している土地所有者もいる。

③ 前記(1)の①、②の各事実に同じ。

④ しかも、債権者らは、本件処分場の水処理施設が完成し債務者が廃棄物処理業許可を得た後に、突然通行を禁止したものであって、この時点において債務者が本件通路を使用することができなくなれば、水処理施設工事の着工前と比較して多大な損害を被ることになる。

⑤ さらに、債権者らは、本件処分場西側の土地において、土採取、残土の投棄等を行っている業者のダンプの通行を認めている。

また、本件通路北側には中間処理施設、最終処分場があり、これらの施設への出入りのため業者のダンプ等が本件通路北側の私有地を通行しているが、右土地の所有者らから苦情が出ているわけではない。

また、債権者北崎トキエが共有持分権を有する本件土地五ないし一四については、他の共有者の一人が日豊物産に対し右各土地の通行を容認している。

さらに、債務者は本件仮処分申立後、債権者らに対し協定案を提示し、本件通路の通行に際し公害防止等を行う等の誠意を示している。

⑥ したがって、債権者らが本件仮処分において債務者の本件通路の通行の禁止を求めることは、権利濫用に該当し許されない。

2  保全の必要性について

(債権者らの主張)

(一) 債権者らは、右妨害の排除及び予防を求めるべく訴訟提起の準備をしているが、債務者は今後も本件通路を本件処分場への唯一の搬入路等として使用することを予定しており、通行権の有無に関する本案訴訟の確定までの間、その使用を禁止しておかなければ、前記のとおり農園への通路として開設されたものであり、大型ダンプカー等の走行を全く想定していない本件通路について、本件処分場への産業廃棄物の搬入等のための大型ダンプカーの走行が常態化し、本件通路の損傷や本件土地一ないし一九の非通路部分の崩壊を招くことが容易に推測される。

そして、本件処分場の下流には農業用水となるため池があり、本件処分場の使用操業によりその汚染のおそれが大きく、そのため債権者らは当初より本件処分場の建設・操業に強く反対してきたものであり、その操業に自らの所有土地の一部を提供して便宜を図ることは、右反対運動に大きな打撃となる。

そのうえ、本件仮処分申立後においても、何者かによって債権者らの設置したバリケードが度々抜去され、更には本件通路の狭い部分が無断で拡幅されたりしており、本件通路について直ちにその使用を停止しなければ、債権者らに回復し難い損害を生じることになる。

したがって、債務者の本件通路の利用により、債権者らに著しい損害を生じるものである。

(二) また、当初本件処分場を設置した日豊物産は、本件通路が債権者らの私有地であり、かつ債権者らが本件通路の通行に反対し、これを禁止する旨の立札や看板を再三にわたり設置してきたにもかかわらず、これを無視し、立札や看板を抜去したばかりでなく、本件通路を債権者らに無断で拡幅する等の暴挙を繰り返していた。そして、債務者が日豊物産から本件処分場を譲り受けた当時の両社の代表者は同一人物であったのであるから、右のような日豊物産による急迫な強暴について責任を負うべき立場にある。

(三) したがって、本件仮処分における保全の必要性は明白である。

(債務者の主張)

(一) 前記1(債務者の主張)(二)の②のとおり、本件通路は従前から不特定多数の第三者によって通行されてきたものであり、また各債権者の土地の端の部分に本件通路が設置されているに過ぎず、本件通路以外の範囲の土地の有効利用にほとんど支障がないことからすると、本件通路を債務者が通行することによって債権者らが著しい損害を被るとはいえない。

(二) また、債務者は債権者らの主張する立札、看板の抜去や道路の拡幅等の実力行使には一切関与しておらず、ただ本件通路を現状のまま通行することを希望しているに過ぎず、債権者らに対する急迫の危険も認められない。

三  争点

1  債務者による債権者らの本件土地一ないし一九についての占有使用の妨害又はそのおそれの有無

2  債務者の本件土地一ないし一九についての囲繞地通行権の有無

3  本件仮処分申立てが権利濫用に該当するか。

4  保全の必要性の有無

第三  当裁判所の判断

一  被保全権利について

1  争点1(債務者による債権者らの本件土地一ないし一九についての占有使用の妨害又はそのおそれの有無)について

疎明資料(甲五、六の1、2、七、八、一六、乙一、二、四八、八〇、八七)及び審尋の全趣旨によれば、本件通路の敷地に本件土地一ないし一九の各一部が含まれていること、債務者が、平成八年八月末ころから、後記3のとおり債権者らの設置に係る通行禁止の立看板等を発見した平成九年八月一七日ころまでの間、本件処分場の設備工事及び維持管理のため、その従業員や工事業者をして、本件通路をトラック、乗用車等によって継続的に通行させていたことが一応認められる。

右疎明事実によれば、債務者がその従業員や第三者をして本件通路に継続的に立ち入らせることによって、債権者らの本件土地一ないし一九についての占有使用が妨害される具体的な危険性が認められる。

2  争点2(債務者の本件土地一ないし一九についての囲繞地通行権の有無)について

(一) 疎明資料(甲九、一〇の1、2、一七、乙六四ないし六六)及び審尋の全趣旨によれば、本件処分場周辺の道路の状況は、別紙図面一、二記載のとおりであり、本件土地二〇と接する道路としては、右土地の北側に接し、北方の公道に通じる本件通路を含む私道のほか、同じく右土地の北側に接して東西に伸びており、その東端で大分県道鶴崎大南線に接続し、西端では防衛庁管理地を含む私道に接続して敷戸団地方面へと通じている大分市道松岡西山の手三号線(三五七号線、以下「市道三五七号線」という。)が存在すること、市道三五七号線の現況においては、いずれの区間においても概ね二メートル以上の幅員が確保されており、東端の県道との接続地点から本件処分場の入口前付近までは、軽四輪貨物自動車で容易に通行が可能な幅員を有し、右場所より西側方向についても普通乗用自動車での通行が可能な幅員を有していること、市道三五七号線西端より西側の私道部分についても、所有者等から通行拒否の意思は特段示されておらず、普通乗用自動車で敷戸団地に至るまで通行が可能な状態にあることが一応認められる。

右認定事実によれば、本件土地二〇は、市道三五七号線を経て東方の県道に、防衛庁管理地を含む私道を経て西方の敷戸団地方面の公道に通じており、公路に通じないものとは認められないから、袋地に該当せず、債務者の本件土地一ないし一九についての囲繞地通行権は認められない。

(二) これに対し、債務者は、(1) 市道三五七号線は別紙図面三のF点付近で遮断されており、一般公道に通じない状態となっていること、(2) 市道三五七号線の東端から本件処分場前までは、ほとんど幅員二メートル程度の道路が湾曲しながら続いており、また道路両側は断崖が多く、自動車の離合はおろか貨物自動車の通行も不可能であること、(3) 市道三五七号線の敷地のほとんどについて未だ大分市が所有権を取得しておらず、道路法一八条所定の供用開始がなされていないというべきこと、(4) 本件処分場より西側でも途中で市道三五七号線が終了し、その以西は私道であること、(5) 本件通路は従前から第三者の自動車等が通行しており、債務者の通行を認めても債権者らの損失は大きくない一方、本件土地二〇の位置からして、本件通路の通行を認めなければ右土地の用法にとって極めて不十分な土地利用しかできないこと、(6) 囲繞地通行権の位置は本件通路の位置が最も損害が少ないことなどから、市道三五七号線は民法二一〇条一項にいう「公路」に該当せず、本件土地二〇は袋地に該当すると主張する。

しかし、債務者の右主張(1)については、これに沿う乙四七の写真Fは、撮影方向、撮影対象が必ずしも明らかでなく、右写真のみをもって前記1の疎明事実を覆すには足りない。

債務者の右主張(2)、(5)については、前記1の疎明事実及び疎明資料(乙六四ないし六六)によれば、市道三五七号線の現況が債務者主張のとおりであり、自動車の離合や大型貨物自動車の通行が困難であることが認められるが、前記疎明事実のとおり、右市道が、軽四輪貨物自動車でその東端と本件処分場入口前の間の区間を通行することは容易な状態にあること、幅員がいずれの区間でも二メートル以上あることに照らし、普通乗用自動車での通行も可能な状態にあることが一応推認される。

そして、本件土地二〇について大型貨物自動車の通行の必要を生じたのは、債務者等が右土地を産業廃棄物の最終処分場という特殊な用途のために利用しようとしたことによるものであり、右土地が元来山間部の原野であり、その登記簿上の地積も平成五年八月一〇日に一万五九二四平方メートルに更正される以前は一一九三平方メートルに過ぎなかったこと(乙三、審尋の全趣旨)に照らすと、右土地の本来の用法にとって、大型貨物自動車での通行が必要不可欠なものとまで認めることはできない。したがって、その余の点について判断するまでもなく、債務者の右主張(2)、(5)は失当である。

債務者の右主張(3)については、道路法一八条二項にいう供用の開始をするためには、(ア) 道路の敷地等について、道路管理者が所有権、使用権等の権原を取得していること、(イ) 道路としての物的施設が一般交通の用に供して差し支えない程度に備わっていることを要するところ、確かに債務者主張のとおり、市道三五七号線の道路敷地には私有地が含まれている(乙五五)が、右事実のみからは道路管理者たる大分市が右私有地部分について使用権等の権原も取得していないことを認めるには足りない。そして、他に市道三五七号線について供用の開始がなされていないと評価すべき事情を認めるに足りる疎明資料はない。したがって、右主張も採用することができない。

債務者の右主張(4)についても、前記1の疎明事実に照らし、私道を経ることのみをもって公路に通じないということはできない。

そして、債務者の主張(6)については、本件土地二〇について囲繞地通行権が認められることを前提とした主張であり、右土地は囲繞地とは認められないのであるから、採用することができない。

(三) 以上によれば、債務者の抗弁1は理由がない。

3  争点3(本件仮処分申立てが権利濫用に該当するか。)について

疎明資料(甲八、一一ないし一五、二〇、乙四八)及び審尋の全趣旨によれば、本件処分場については、日豊物産が設置者であった平成三年ころから、周辺住民の一部による反対運動が始まり、平成四年六月ころ、債権者らを含む本件通路の敷地所有者らによって、本件通路の通行を禁止する旨の立看板が設置されたこと、その後日豊物産による本件処分場の設備工事が同社の経営難等によりとん挫したため、右住民らによる反対運動も一旦は鎮静化したが、平成八年八月末ころから、大野英明を代表取締役とする大野商事からの資金提供を得て本件処分場の設備工事が行われるようになり、平成九年三月二四日に本件処分場の適合認定がされたことが債権者ら周辺住民らに判明するに至って、右住民による本件処分場の使用操業に対する反対運動が再開されたこと、右再開後の平成九年七月下旬ころから八月上旬ころにかけて、債権者らが本件通路の現況を確認したところ、前記通行禁止の立看板が何者かによって撤去されていたため、直ちに改めて通行禁止の立看板、バリケード等を設置したことが一応認められる。

また、疎明資料(甲八、一二、一三、一五)及び審尋の全趣旨によれば、債権者らを含む本件通路の敷地所有者らは、昭和四七、八年ころ、本件土地二〇の近辺の農園の経営者から懇請され、無償での自動車による通行を認めたものであり、大型貨物自動車等の走行を予定していたものではないこと、右農園の廃園後は、右敷地所有者らにより、許可なく通行を禁止する旨の立看板等による表示が度々なされていたことが一応認められる。

そして、前記2の(二)のとおり、公路に通じる市道三五七号線やその西端以西の私道を普通乗用自動車で通行することは一応可能であると認められることに照らし、本件土地二〇の本来の用法にとって本件通路が必要不可欠とまでは認められないし、疎明資料(甲一二、一五、二〇、二三)によれば、本件通路はいずれの部分も未舗装であることが認められ、債務者が、本件通路を本件処分場への産業廃棄物の搬入路として大型貨物自動車で継続的に通行することになれば、通路部分のみならず債権者ら所有又は共有の土地の非通路部分にまで損傷が及ぶことは当然に予想される。

なお、債権者らが本件処分場西側の土地に出入りするダンプカーの通行を認めている旨の主張は、これに反する疎明資料(甲一八の1ないし4、一九)に照らし採用することができない。

右疎明事実等によれば、その他に債務者が主張する事情を考慮しても、債権者らが本件仮処分により債務者の本件通路の通行の禁止を求めることが、権利濫用に該当するとまでいうことはできず、債務者の抗弁2も理由がない。

4  以上によれば、債権者らの債務者に対する本件土地一ないし一九の所有権又は共有持分権に基づく妨害予防請求権が、被保全権利として一応認められる。

二  保全の必要性(争点4)について

1  本件は、仮の地位を定める仮処分の申立てであるから、争いがある権利関係について債権者らに生ずる著しい損害又は急迫の危険を避けるために必要な仮処分であることが、保全の必要性の要件となる(民事保全法二三条二項)。

2  そこで本件についてみると、まず前記のとおり、本件通路を産業廃棄物の搬入路として大型貨物自動車で継続的に通行すれば、本件土地一ないし一九の通路部分のみならず非通路部分にまで損傷が及ぶことが予想されるが、他方、疎明資料(乙一、二)及び審尋の全趣旨によれば、本件通路部分は右各土地のいずれも端の部分を占めているに過ぎないこと、右各土地はいずれも債権者らの住所地から離れた場所に所在することが一応認められ、債権者らが右各土地ないし本件通路を日常生活上の具体的な用途に供していると認めるに足りる疎明資料のないことを併せ考慮すると、債務者が本件通路を通行することによって、債権者らに著しい損害が生じるとは認められない。

なお、債権者らは、保全の必要性を基礎付ける事情として、本件処分場の使用操業によりその下流の農業用水となるため池が汚染されるおそれが大きいこと、右汚染の危険を理由とする本件処分場の建設・操業に対する債権者らの反対運動にとって、債務者の本件通路の利用を認めることは大きな打撃となることを主張する。しかし、本件における被保全権利は本件土地一ないし一九の所有権又は共有持分権に基づく妨害予防請求権であるから、保全の必要性としての「著しい損害」の有無も、右請求権との関係で、債権者らによる右各土地の占有使用について、どのような不利益ないし損害が生じるかによって決せられるものである。そして、債権者らが主張する右不利益は、汚染の及ぶ具体的危険性のある土地の所有権又は居住者の人格権に基づく妨害排除又は妨害予防請求権を被保全権利とする本件処分場の使用操業禁止の仮処分において、保全の必要性として考慮されるべき事情であり、右不利益をもって本件申立てに係る被保全権利との関係での保全の必要性を基礎付けることはできないというべきである。したがって、右主張を採用することはできない。

また、債権者らは、本件申立後に何者かが、債権者らの設置に係る本件通路上のバリケードを抜去し、本件通路の拡幅をしたことから、直ちに本件通路の使用を停止しなければ債権者らに回復し難い損害を生じる旨主張するところ、右バリケードの抜去、通路の拡幅の行為が何者かによってされたことは一応認められるが(甲二〇、二三)、右行為をしたのが債務者の従業員や関係者等であることを認めるに足りる疎明資料はない。したがって、債務者による本件通路の通行と債権者らの主張する回復し難い損害の発生との間の因果関係は認められず、右事実によっても、民事保全法二三条二項所定の著しい損害の発生を基礎付けることはできない。

3  次に、民事保全法二三条二項にいう「急迫の危険」としては、単に被保全権利の侵害の具体的危険性があるというだけでなく、実力による侵害など、争いのある権利関係につき、債権者に本案判決による権利関係の確定を待てないほどに差し迫った危険が生じていることを要すると解されるところ、疎明資料(乙八七、八九)によれば、債務者は本件申立てがされた以後、債務者の親会社である大野商事からの指示もあり、債権者らとの和解による解決を優先させ、本件通路の通行を自重しており、右申立以後は、本件処分場の状況のチェックや設備の保守管理等のため、債務者の従業員の乗用車や業者のトラック等が数回通行した以外に、債務者の関係者で本件通路を継続的に自動車で通行している者はいないことが一応認められる。

右疎明事実等に、前記2のとおり本件申立後の本件通路上のバリケードの抜去、通路の拡幅が債務者によってされたことを認めるに足りる疎明資料がないことを併せ考慮すると、債務者が実力行使等の手段をもって、本件通路を継続的に通行しようとしているなど、債権者らの本件土地一ないし一九の占有使用の利益につき、本案判決の確定を待てないほどに差し迫った危険が生じているとまで認めることはできず、「急迫の危険」は認められない。

この点、債権者らは、本件処分場の承継当時の日豊物産と債務者の各代表者が同一人物であったことから、日豊物産が本件処分場の設置者であったころの同社による通行禁止の立札等の抜去、通路の拡輻等の急迫な強暴について、債務者も責任を負うべき立場にある旨主張する。しかし、仮処分命令における保全の必要性は、仮処分命令発令時における一切の事情を勘酌して行うべきものであるところ、仮に債権者らが主張する日豊物産による実力行使の事実が過去にあったとしても、同社が本件処分場の設置者であった期間であればともかく、本決定発令時点においては、右事実のみによって債務者による「急迫な危険」の存在を基礎付けることはできないというべきである。

三  結論

よって、債権者らの本件各申立ては、被保全権利が認められるが、保全の必要性が認められず、理由がないから、いずれも却下することとし、申立費用の負担につき民事保全法七条、民事訴訟法六五条一項、六一条を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判官大西達夫)

別紙物件目録<省略>

別紙図面一〜三<省略>

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